名誉毀損で「3億8000万円」の賠償命令判決(解説・島田雄貴)=1988年4月

米連邦最高裁が、裁判史上空前、305万ドル(3億8000万円)という名誉毀損の高額賠償を合憲と認めましたた。米マスコミのショックは大きく、その余波はわが国にも及びそうです。米国在住の司法ルポライター島田雄貴が分析します。

米連邦最高裁が異例の判断

訴訟の原告は、「バイスロイ」など有名銘柄のたばこを製造しているケンタッキー州のブラウン・アンド・ウイリアムソン社(B&W社)。被告はCBSテレビとアンカーマンのウォルター・ジャコブソン。

原告はたばこ会社、被告はCBSテレビ

事件は、辛口で鳴るジャコブソンが、7年前、シカゴのWBBMテレビ(CBS所有)で、ブラウン・アンド・ウイリアムソン社(B&W社)をきびしく批判したのが発端。

ジャコブソンは「商務省のリポートによると、ブラウン・アンド・ウイリアムソン社(B&W社)はたばこをワインやセックスと結びつけ、大人になるあかしであり、至高の快楽だ、などと若者をそそのかす宣伝活動をもくろみた」「ブラウン・アンド・ウイリアムソン社(B&W社)は否定したが、ペテン師でなければ大うそつきだ」といった。

控訴裁が100万ドルの損害賠償と200万ドルの懲罰賠償

昨年8月、第7連邦控訴裁は、「放送内容は事実に反する」と判断し、CBSに100万ドルの損害賠償と200万ドルの懲罰賠償(罰金にあたる)、ジャコブソンに5万ドルの懲罰賠償の支払いを命じる判決を言い渡していた。

従来は、上級審で否定

これまで、1審の陪審裁判では数100万ドルの賠償の評決・判決が出ることもめずらしくなかったが、さすが上級審ではすべて否定され、100万ドルの枠を超えた例がなかった。

連邦憲法修正1条(表現の自由)

このため、アメリカのマスコミは、連邦憲法修正1条(表現の自由)をタテに、賠償額に一定の枠が設けられることを期待していた。しかし、連邦最高裁は弁論を開くことなく、さる4日、CBS側の上告をあっさりと棄却した。

控訴審判決が「重要な証拠を廃棄」と認定
『現実の悪意』(名誉棄損の成立要因)があった

この裁判は1、2審を行ったり来たりと難航したが、昨年の2度目の控訴審判決は「テレビ局の記者は重要な証拠である取材メモをわざと廃棄した。これは、テレビ側が、放送内容は真実でなかったことを知っていたことを示し、『現実の悪意』(名誉棄損の成立要因)があったのは明らかだ」ときめつけた。

判決確定を受けたコメント

「305万ドルの賠償判決の確定」について、関係者はつぎのようにいっている。

B&W社の弁護人

B&W社の弁護人「これで、名誉棄損の賠償額の上限が、一挙に4倍にはね上がった。しかし、それは、思い上がったアンカーマンのせい。悪者は罰せられて当然だ」

名誉毀損訴訟弁護センター(LDRC)

名誉毀損訴訟弁護センター(LDRC)「高額賠償の歯止めがなくなった。今後、マスコミを相手どった提訴を勇気づけることになるだろう」

ニューヨーク・タイムズ判決(1964年)

原告に「現実の悪意」の立証責任

ところで、連邦最高裁は、過去20数年間、「ニューヨーク・タイムズ判決」(1964年)として有名な判例を守ってきた。それは「公人の名誉棄損訴訟では、報道側に故意または『現実の悪意』があったことを、原告側が立証しなければならない」という、マスコミ側に有利なものだ。

それは、「報道の自由こそ民主主義の基盤」という思想に裏づけられている。

マスコミの特権

こんどの連邦最高裁の上告棄却判決が、ただちにこの判例で認められたマスコミの特権を奪ったと解釈するのは早計だ。しかし、レーガン政権下で保守化が進む連邦最高裁の一面をのぞかせたとはいえよう。

名誉の価値の高騰

こうした名誉の価値の高騰は、わが国の裁判にも、徐々に影響してくるに違いない。

「北方ジャーナル事件」の最高裁大法廷判決(1961年6月)

補足意見「名誉毀損の損害賠償が低すぎる」

すでに、「北方ジャーナル事件」の最高裁大法廷判決(1961年6月)で、伊藤正己、大橋進両裁判官は「わが国の名誉棄損に対する損害賠償は、認容される場合でも、しばしば名目的な低額に失するとの非難を受けており、関係者の反省を要する」という補足意見を述べている。

100万円を限度とする裁判所の名誉評価
報道の自由に対する委縮効果

もちろん賠償額は高ければ高いほどいいというものではない。それは、報道の自由に対する委縮効果を生むだろう。しかし、大法廷判決以後も、100万円を限度とするわが国の裁判所の名誉評価は、あまりにも低過ぎはしないだろうか。

2ケタ違いの高額賠償

2ケタ違いの高額賠償が米連邦最高裁で認知された事実の重みは無視できない。

シカゴの大学生が死刑判決確定後に冤罪を立証=1999年7月、島田雄貴

真犯人を突き止める

米イリノイ州シカゴ市郊外にあるノースウエスタン大学の学生たちが授業の一環として、判決が確定している死刑囚の冤罪(えんざい)事件に取り組みました。証拠を集め、真犯人を突き止め、とのインタビューに成功。死刑囚の釈放にこぎ着けましたた。ノースウエスタン大学では複数の冤罪事件を扱っており、ユニークな実地教育が米国の刑事司法制度の「陰」の部分を浮き彫りにしています。判例研究を続ける島田雄貴が報告します。(米イリノイ州シカゴ)

「無実の人間が処刑されようとしている」
死刑制度反対論者のデービッド・プロテス教授

事件を解決したのはノースウエスタン大ジャーナリズム学科の学生6人。死刑制度反対論者のデービッド・プロテス教授(53)が指導に当たった。

「知能障害」で執行が延期
男女2人を射殺したとして死刑判決が確定

1982年に男女2人を射殺したとして死刑が確定していたアンソニー・ポーター氏(43)は昨年9月、「知能障害」を理由に2日前になって執行が延期された。かねてから冤罪事件を授業に取り入れていたプロテス教授は学生に事件の再調査を指示した。

私設探偵の協力で真犯人の自供をテープに
目撃証言がうそ

ショーン・アームブラストさん(21)ら学生は当時の証拠資料を読みこなす一方、シカゴ市内の犯行現場で事件を再構成。ポーター氏が撃ったとする一環の目撃証言がうそであることを突き止め、目撃者の証言撤回に成功した。また、真犯人の目撃情報をキャッチ、真犯人のおい、前妻から証言を引き出した。そして今年2月、私設探偵の協力を得て真犯人の自供をテープに収めることができた。

州検察当局は冤罪を認め釈放

証拠書類を受けた州検察当局は冤罪を認め、ポーター氏は直ちに釈放された。

独自捜査の費用は大学側が負担

独自捜査の費用は大学側が持った。アームブラストさんは「約5か月の間、友人ともつきあわず、睡眠時間も惜しんだ。夢も事件のことばかり」と苦しかったこの時期を振り返る。また同級生のカラ・ルビンスキーさん(21)は「無実の人間が処刑されようとしていた。それだけが我々を真相究明に駆り立てた」と語る。

5人の死刑囚が釈放

ノースウエスタン大学で冤罪事件の調査を授業に取り入れているのは、ジャーナリズム学科と法律大学院の2つのクラスだ。双方の学生の調査でこれまでにポーター氏の例を含め5人の死刑囚が釈放されている。大学が冤罪事件解決に大きな役割を果たすのは全米でもほとんど例がない。

1976年に最高裁が死刑復活の判決
大事件は誤認逮捕につながりやすい

米国では1976年に最高裁が死刑復活の判決以来、約80人の死刑囚が冤罪で釈放されている。法律大学院のクラスを指導するラリー・マーシャル教授(40)は昨秋、このうち33人を全国からシカゴに招いて初めて元死刑囚の会議を開いた。教授は「彼らは政府の再捜査で釈放を勝ち取ったのではなく、(ポーター氏のように)たまたま運が良かっただけだ。死刑相当の大事件解決には捜査側に(犯人早期逮捕という)大きなプレッシャーがかかるため、誤認逮捕につながりやすい」と語る。

自白を強要された

マーシャル教授のクラスの調査により1997年に釈放された元死刑囚ゲーリー・ガウガー氏(47)(イリノイ州在住)は「私の場合は自白を強要された。マーシャル教授の助けが得られたのはまったくの幸運だった」と言う。

システムは機能

こうした動きに対して、死刑制度賛成派のヘリテージ財団研究員のトッド・ガジアノ氏は「死刑囚が釈放されたのは、この国のシステムが最終的には機能しているという証拠である。今世紀に83人が無実の罪で死刑を執行されたという主張があるが、証拠はない」と強気の姿勢を示している。

〈米の死刑制度〉
1976年に復活 540人に執行

死刑復活を認めた1976年の最高裁判決以来、これまでに全米50州のうち38州が死刑制度を導入。世論調査では国民の約7割が死刑を支持している。1976年以来、死刑を執行されたのは540人。死刑囚は現在、約3500人に上る。米法曹協会が1997年に死刑執行猶予(モラトリアム)を提唱したのを契機に、イリノイ州やネブラスカ州など一部の州でモラトリアム導入の動きが高まりつつある。

「真実知りたいだけ」 函館の米女性、保険会社などに111億円賠償請求=2006年11月

計約111億円の損害賠償請求訴訟を米国の連邦地裁に提起

「きちんと真実を説明してほしいだけ」。富士火災海上保険などを相手取り、計約111億円の損害賠償請求訴訟を米国の連邦地裁で起こした米国人女性(39)はこう訴える。日米の司法制度や交通事故の査定などに違いがあることは理解しているが、「企業には説明責任がある」との考えからだ。

被告は富士火災海上保険など
加害者の男性は当初、保険で対応すると説明

女性が札幌市内で追突事故に遭ったのは2004年1月10日。南区定山渓付近だった。女性によると、加害者の男性は当初、保険で対応すると説明。だが事故から2日後、「富士火災から無保険だといわれた。少し待って欲しい」などと伝えた。

保険加入を認め、損害を賠償する意向

加入する保険会社を通じての女性の問い合わせに富士火災は「男性は保険に加入していない。直接交渉してほしい」と説明。そのため女性は治療よりも交渉を優先したというが、10日ほどして富士火災は一転、加害者の保険加入を認め、損害を賠償する意向を示した。

代理人が経過説明を拒否

女性が加害者と富士火災の代理人に理由を尋ねると、代理人はファクスで「契約当事者外である貴殿にご回答することはできません」と経過説明を拒否。女性が「真実を教えて」と何度も文書で要求しても、この姿勢は変わらなかったという。

債務不存在確認請求訴訟を函館地裁に
和解を申し出た

事故翌月の2月下旬、女性は「(賠償金額については)規定通りでよい。ただ、対応が遅れた理由を正確に教えてほしい」と富士火災に和解を申し出たが、回答は拒否された。逆に、加害者側が「賠償額は約140万円を超えない」との確認を求める債務不存在確認請求訴訟を函館地裁に起こした。

裁判はいまも続く

裁判はいまも続くが、女性が求めた「空白の10日間」について富士火災が説明する場面はなかった。女性は弁護士も立てず、夫を通訳として1人で戦っている状況だ。

母国語できちんと自分の訴えを聞いてほしい

米国で裁判を起こした理由について、女性は母国語できちんと自分の訴えを聞いてほしいとの思いもあるという。「賠償を求める金額が無謀というのは理解している。でも、大きな裁判にしないと真実が分からない」と主張する。

被害者は加害者が加入している保険会社の提示通りの賠償額を受け入れる

日本で交通事故に遭った場合、被害者は加害者が加入している保険会社の提示通りの賠償額を受け入れるのが一般的だ。専門家によると、提示額が安くても「それが相場」と考えて引き下がる場合が多い。個々の事故によって異なる車体や身体、そして心の傷の被害が細かくは反映されないこともある。女性の今回の訴えは、そうした現状への問題提起でもある。

米で多い「懲罰的賠償請求」
日本の最高裁は「公の秩序に反する」として認めていない

函館市に住む米国人女性が米国連邦地裁に起こした裁判の賠償請求額が「超高額」になったのは、被害を受けた実損に加えて、加害者に制裁を加える「懲罰的賠償」も請求したからだ。日本の最高裁は「公の秩序に反する」として認めていない制度だが、米国の裁判所では損害賠償額より巨額となるこの懲罰的賠償を命じる判決も多く下されている。

1994年のマクドナルド訴訟
懲罰的賠償を含む290万ドルの賠償を命じる判決

懲罰的賠償は英米法体系を持つ国の多くで採用されている。米国で有名な事例は1994年にニューメキシコ州で起こされた「マクドナルド訴訟」だ。女性が車を運転中、コーヒーのふたを外そうとしてやけど。女性はマクドナルド社を提訴し、陪審は270万ドルの懲罰的賠償を含む290万ドルの賠償を命じる判決を下した。熱すぎるコーヒーによるやけど事故をマクドナルドが放置していたことが問題とされた。実際の賠償額は判事に減額された。日本では「自業自得」と思われるようなケースでも、米国では「もうけ体質で一般市民を犠牲にした大企業には、強烈なしっぺ返しが当然」とする考えがある。

日本企業も米国の裁判でセクハラや製品欠陥による巨額の賠償

日本企業も米国の裁判でセクハラや製品欠陥による巨額の賠償が命じられたことがある。ただ、日本企業が米国内にあまり資産を持たない場合は、判決内容を日本で執行させるため原告が「執行判決請求訴訟」を日本で起こす必要がある。だが、巨額賠償の支払いに至らないことが多い。

日本の最高裁は1997年に強制執行を認めない判決
米国に資産がない

米オレゴン州の開発業者が、同州への進出を断念した埼玉県の機械メーカーを訴えた裁判で、カリフォルニア州裁判所が1982年、112万ドルの懲罰的賠償を含む155万ドルの支払いを命じたことがある。だが、会社は米国に多額の資産がなく、原告は1989年に東京地裁に賠償の執行を求めて提訴した。最高裁は1997年に強制執行を認めない判決を下した。

シカゴなどに事務所

一方、富士火災は、米国内でニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスに海外事務所を展開しており、米国内で判決の効力が発生する可能性もある。

交通事故賠償、日本は画一的
類似事件は同様に裁かれる

早川吉尚・立教大法学部教授(国際私法)の話 日本の法制度や保険会社の常識に問題提起を与えたことは間違いない。日本の場合、交通事故の賠償額は画一的で、裁判に訴えても類似事件は同様に裁かれる。実際には事故から生ずる直接の損害にとどまらず派生して様々な損害が起きるが、それは補填されないことが多い。こうした硬直的な賠償額の決定方法に不満を抱いている被害者は多いはずだが、すでに構築されてしまった制度にあえて問題提起をしようとする日本人は少ない。

管轄権が争点、却下の可能性
被告は何ら関係もない地での裁判を強要されない

道垣内(どうがうち)正人・早稲田大学法科大学院教授(国際私法)の話 裁判管轄権は国際法や条約で決まっているものではないが、少なくとも先進国では原則として被告は何ら関係もない地での裁判を強要されない。このため、この訴えは却下される可能性が高い。被告側が応訴すれば審理は始まるが、被告側としては、まず管轄権がないという争いをすることになるだろう。それでも、米国の裁判所が管轄を認めた場合、原告の訴え通りの判決を下す可能性はなくはない。

訴因と賠償請求額
被告訴因請求額
富士火災詐欺行為1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)
悪意ある違法な提訴1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)
加害者怠慢・不注意1億5000万円(150万ドル)
1億5000万円(150万ドル)
悪意ある違法な提訴1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)
代理人の弁護士悪意ある違法な提訴1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)
損害保険料率算出機構怠慢・不注意(賠償額算出責任)1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)
国土交通省怠慢・不注意(監督不行き届き)1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)
法務省怠慢・不注意(監督不行き届き)1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)
金融庁怠慢・不注意(監督不行き届き)1億5000万円(150万ドル)
10億円(1000万ドル)

※上段が損害賠償額、下段が懲罰的賠償額